【問1】 人間のほんとうの願いはなんでしょうか。
【答】
【問2】 人生の生きがいとは何でしょうか。
【答】
あなたと同じ質問を、お釈迦さまにした人がありました。それに対して、お釈迦 さまは、
「一匹のうさぎがいた。かれはたいへん目先がきいていたので、秋のあいだに木の実を集めては、山の中にかくしておいた。しかし、その場所の目じるしに、うさぎは空を見あげて雲を目あてにした。ところが、雲は動くものだから、せっかくの骨折り も、うさぎにとってむなしいものに終わってしまうのだ」と答えておられます。
私たちはそれぞれに、人生の生きがいを求めつつ生きております。ある人は仕事のなかに、あるいは財産や地位の獲得に、またある人ほ家庭の団らんに、趣味に、けれどもこれらは残念ながら、みんな「動く目じるし」ではないでしょうか。
それらが動くたびに、一喜一憂をくりかえさねばなりません。
こういう日々の生活の基盤に「動かないよりどころ」が必要です。
それは、時と場所を通じて変わらぬ「真実の教え」です。
正しい信心のうえに仕事や家庭生活を展開すれば、絶望や倦怠感のたねになっていたものまでも、いや、むしろ人生そのものが生きがいになっていくでしょう。
【問3】 人間のほんとうのよろこびとは、何でしょうか。
【答】
ある婦人が、次の話をしてくれました。
「コソクリートにおおわれた街の中で、 道路の裂け目から二・三本の草が、真夏の暑さにも負けないで、先端を黄色こ枯らしながらも懸命に生き伸びようとしているすがたを見て、私は思わず手をあわせ、 念仏していました。
この草は、みずから生きることによって、私の生命のもとである酸素を吐いてくれている。この偉大な自然のいとなみに、『おかげさま』と拝まずにいられませんでした。そして、手を合わせ、念仏する私に育てられていたことをとてもうれしく思いました。
大切なことを見逃し、忘れ、あるいは当然としている私に、一つ一つ気づかせる心の目をを与えられたこと、そして如来さまのお恵みとしてうけとることのできることが、喜びでした」
持っているとかいないとかという所有のよろこびや、他と比較して私はしあわせとよろこぶ不安定なよろこびではなく、み教えを聞くことによっておのずから湧きでてくるよろこびこそ、ほんとうのよろこびといえましょう。
戻 る |