浄土真宗本願寺派研修部編集「人生の問い」p.2

  

【問1】 人間のほんとうの願いはなんでしょうか。

                                                   

【答】

 と、うたわれているように、自分だけのしあわせを求めて、かなわぬ願いを追いかけて流転しているのが私ではないでしょうか。しかし、その私を呼びさまして、真実の世界に導かずにはおかないという、如来さまの願いがはたらいているのです。その如来さまのほんとうの願いが知らされたとき、「この如来さまのお心のうちにこそ、 私の願うべきことがあったのだ」と味わわれてくるのです。
 

【問2】 人生の生きがいとは何でしょうか。

【答】

 あなたと同じ質問を、お釈迦さまにした人がありました。それに対して、お釈迦 さまは、

 「一匹のうさぎがいた。かれはたいへん目先がきいていたので、秋のあいだに木の実を集めては、山の中にかくしておいた。しかし、その場所の目じるしに、うさぎは空を見あげて雲を目あてにした。ところが、雲は動くものだから、せっかくの骨折り も、うさぎにとってむなしいものに終わってしまうのだ」と答えておられます。

 私たちはそれぞれに、人生の生きがいを求めつつ生きております。ある人は仕事のなかに、あるいは財産や地位の獲得に、またある人ほ家庭の団らんに、趣味に、けれどもこれらは残念ながら、みんな「動く目じるし」ではないでしょうか。

それらが動くたびに、一喜一憂をくりかえさねばなりません。

こういう日々の生活の基盤に「動かないよりどころ」が必要です。

それは、時と場所を通じて変わらぬ「真実の教え」です。

正しい信心のうえに仕事や家庭生活を展開すれば、絶望や倦怠感のたねになっていたものまでも、いや、むしろ人生そのものが生きがいになっていくでしょう。


【問3】  人間のほんとうのよろこびとは、何でしょうか。

【答】

 ある婦人が、次の話をしてくれました。

持っているとかいないとかという所有のよろこびや、他と比較して私はしあわせとよろこぶ不安定なよろこびではなく、み教えを聞くことによっておのずから湧きでてくるよろこびこそ、ほんとうのよろこびといえましょう。


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